岩沼物語
神社と花と空港のあるまち・宮城県岩沼市から、新鮮な話題をリアルタイムでお届けします。


プロフィール

早坂 健一

Author:早坂 健一
宮城県岩沼市在住、30代♂。
ネット界では岩沼№1の有名人(おそらく)
人口は増えたけれど活気がなくなった岩沼市、それを何とかするために、ささやかながらお手伝いさせてもらいます。
大は1機200億円(岩沼市の予算1年分より高いです)の飛行機から、小は昆虫や花まで、ネタは豊富なつもりです。

989-2456 宮城県岩沼市松ヶ丘1-7-2
メールアドレス hayaichi@saturn.dti.ne.jp



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平成25年 岩沼市防災講演会
市民会館で、市の防災講演会が行われました。
東北大学災害科学国際研究所の平川新氏による、「苦難を乗りこえてきた東北の歴史 -災害と岩沼-」と題する講演でした。

1.避難訓練を実施した話

 昨年9月1日に行われた津波避難訓練は、単なる岩沼の避難訓練ではなく、岩沼発のモデル作りをするための企画だった。
 一昨年の震災のとき、4割ほどの人が隣近所などからの声がけによって避難した。その割合を高めていくことが今後の課題の1つ。
 津波の予測が過大すぎて信頼が失われていたときに、一昨年の大津波がやってきた。あれほどの地震があっても2割以上が避難しなかった。
 今の科学技術には限界があり(卵を落としたときどのように割れるのかすら予測できないのだから、地球が壊れて地震が起こったときどうなるのかを予測することはもっと困難)、予測が外れたから批判するのではなく、「予測より小さくてよかった」と受け止めることが大事。

2.869年の貞観津波と1611年の慶長津波の話

 貞観津波や慶長津波についての研究が本格的になったのは、平成に入ってから。
 古文書の記述を地質調査や遺跡発掘、シミュレーションで裏付ける「文理連携」により、仙台湾に津波が再び押し寄せてくる可能性が懸念されていた。
 貞観津波・慶長津波・東日本大震災の規模はほぼ同じだったと再評価され、「千年に一度」から「数百年に一度」へ修正されている。
 
3.岩沼の町や村の立地について

 岩沼宿(岩沼市中心部)や玉浦の各村は、自然堤防や浜堤列などの微高地(まわりより1~2メートル高いところ)を選んで作られた。
 他の宿場町や城下町でも同じことが当てはまり、地形図を見れば水害対策で立地したことが一目瞭然。
 慶長津波では「津波が千貫山に達した」記録が残されているが、岩沼宿は浸水しなかったのか?それを裏付ける古文書が出ていないので、イエスともノーとも言えない。
 (私の見解)一昨年の震災では、五間堀川や丸沼堀やその支川まで津波が遡上してきた。400年前の岩沼宿に同様の川があれば、堤防のない川を遡上してきた津波が岩沼宿にも押し寄せた可能性が高い。宿自体が浸水しなくても、まわりの低地が浸水して宿が孤立したかもしれない。
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テーマ:宮城県 - ジャンル:地域情報

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