岩沼物語
神社と花と空港のあるまち・宮城県岩沼市から、新鮮な話題をリアルタイムでお届けします。


プロフィール

早坂 健一

Author:早坂 健一
宮城県岩沼市在住、30代♂。
ネット界では岩沼№1の有名人(おそらく)
人口は増えたけれど活気がなくなった岩沼市、それを何とかするために、ささやかながらお手伝いさせてもらいます。
大は1機200億円(岩沼市の予算1年分より高いです)の飛行機から、小は昆虫や花まで、ネタは豊富なつもりです。

989-2456 宮城県岩沼市松ヶ丘1-7-2
メールアドレス hayaichi@saturn.dti.ne.jp



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宮城県岩沼町 長谷釜海岸防災林造成記念碑
長谷釜地区にある記念碑に刻まれた全文を解読し、分かりやすく書き下ろしてみました。
記念碑は工事で立入禁止された場所に立っているので、カメラで撮影した画像を解読せざるを得ず、一部読み取れず不明なところがあります。
長谷釜海岸防災林造成記念碑

長谷釜海岸防災林造成記念碑

我が長谷釜は阿武隈川河口・名取川河口との中間、貞山運河以東の
砂丘上にある関係上、飛砂や潮風害に悩まされてきたが、防災林と
しては南方運河に沿って国有防潮保安林があり部落前面には民有の
保安林があるのみで、毎年寒風高潮等に際しては自然の猛威にさら
されすべては天災として半ば諦めてきた観があった。( )昭和十
年度より三陸沿岸防潮林造成事業が五カ年計画で県営事業として実
施される事となったので、当時県林務課技師石川記氏の御支援の
もとで地元有志と相計り、県に対して防災林造成の歎願に及び、そ
の必要性を認められて( )村有砂地に対して県との間に地上権の
設定契約を交し、昭和十年四月施工に着手、昭和十四年に至る間に
十四丁歩の造成を完成したのであるが、更に昭和二十三年より前線
国有砂丘地帯六十七反余の払下げを画し、この間数度に亘る暴風や
高潮の襲来を受け、昭和三十年度迄に十六丁歩計三十丁歩の植栽を
見たが、堆砂堰の補修や植栽木の補植等に部落全員一丸となって当
り、不断の努力が傾けられた砂地造林は植栽後の保護管理に待つと
ころ実に大きいので、当部落に於ては昭和二十年四月長谷釜海岸林
保護組合の結成を見、爾来組合長を中心に一致協力よりこの郷土建
設に努力、その結果として部落前面一体は緑なす汀と化したのであ
る。この現況を一望する時、我々組合員は転た今昔の感新たなるを
覚える次第である。昭和三十年三月労苦を共にした組合員の間から
記念碑建設の議が起りこの緑の汀を誇り永遠に我等の郷土を受継ぐ
人々に伝える為、天皇皇后両陛下の植樹式御来県を記念し、この汀
に愛林碑を建て本事業沿革の一端を記しる。共にこれに参画された
県当局並びに先輩諸氏の偉大なる功績に感謝し深甚なる敬意を表す
る次第である。尚本事業施行以来終始専念された当村二ノ倉出身県
林務部技師小林久一氏の並々ならぬ御力添のあった事を特筆するも
のである。
 昭和三十年四月六日愛林日 建之


昔の人たちは、防潮林のある海岸線を「緑の汀(なぎさ)」と表現しています。
これから先、今生きている世代やその後の世代が「緑の汀」を復興する出番です。
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テーマ:宮城県 - ジャンル:地域情報

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